2016年04月24日

魔界の春2016A

魔界の桜は昼も盛りです。

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 貧乏の川、神田川も頑張っています

さて、今日は家族の魔のお話を。

ある少女がいました。
少女はまじめできちんとした両親の元で、それほど厳しすぎるわけでも甘すぎるわけでもないほどほどのちゃんとしたしつけを受け、経済的不自由なく育ちました。

そして両親は少女のことを心から気にかけ、真剣に愛していました。

でも、少女には、親の知らない顔がありました。

少女は病的な嘘つきで、かつ泥棒でした

少女が警察に逮捕されました。両親はこのことを知って心を痛め、少女の為に奔走し、そして事件後も少女を更正させようと努めました。しかし、少女はまた同じ事件を繰り返してしまいました。

女性の盗犯の場合、上記のようなケースが多々見られます。
ごく普通の両親の元に生まれ、ごく普通に育てられ、決してどこにも犯罪者になってしまう要素がないのに、事件を起こしてしまう、誰にでも起こりうることです。
まじめなご両親には、一家心中を考えてしまうほどの苦悩だと思います。

実は上記のようなケースで、気になっている共通点があります。
それは被疑者が、皆、驚くほど小食だということです。

逮捕され留置されている時の昼食はほんの少ししかでません。特に調べで検察庁に来ているときの彼らの食事は菓子パン一個とジュース一個。彼らはそれで満足しています。
女性でも成人に足りる量とはいえません。
これだけの量で足りるということは、もしかすると・・・・

再犯を防ぐため、こういう事案では親の監督云々より、臨床心理士に相談してほしいとおすすめしています。
そこで本当の原因を見つけられれば、家族に平穏をもたらすことができるからです。

心の魔物は、すべて解明されているわけではありません。
でも、科学的医学的な原因を突き止めることで心の魔物を追い払うことができれば、本人も家族も救われるのです。
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 さて、今年は都内某所でそうりょ、おどりこ、しょうにんと花見酒です。おどりこは酒がはいると脱ぎたがる傾向が、しょうにんはどこからか物を拾ってくる傾向が、そうりょはそこら辺で立ち・・・これらを監視しながら、気の抜けない花見です。

  私ですか?たまにシヴァ神が降臨する程度ですがなにか
   平成28年4月24日  文責 弁護士 菊谷淳子
    ※ シヴァ神 ヒンドゥー教で破壊の神様
posted by KEYAKI at 22:35| 所感・雑惑

2015年10月25日

悩めるサンセット

 どこの国に参りましても、その国の伝統や儀礼は重んじることにしております。都心部にて、ポリネシアの伝統ドリンク、カヴァをいただきます。
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コショウの仲間の木の根を、粉にして水に溶かしてあれやこれやする飲み物です。ノンアルコールで、でも少し酩酊するそうです。気持ちが静まるからぜひどうぞと勧められました。私は酔いませんでしたが。

ものすごくいろいろ宣伝される飲み物ですが、はっきりいえます。

味は龍角散(΄◞ิ౪◟ิ‵ )


しかも男性諸君には不都合があるようですので絶対に飲まないよう警告しておきます。

さて、今回は海にジャングルにと走り回って楽しみ、素朴な地元ライフを楽しみました。
素朴な場所で人間関係や倫理観が素朴かというとそれはまた別です。むしろ想定できない反応が返ってくることもあります。例えば古来からの重要な命題を投げかけたとします。

「人を殺してはいけないのはなぜか」

この質問に対する素朴な回答は主に二つに分かれます。

@ そりゃあ あたりまえのことでしょ(΄◞ิ౪◟ิ‵ )

A えっ悪いことなの?( ◉◞౪◟◉)

Aのような人は本当にいます。そういう価値観のある場所、ある場合もあります。
殺してはいけない「人」に「異教徒」や「女性」や「犯罪者」は含まれないという人もいます。
それではもし「人を殺してはいけない」法律の国で、Aのような人に、人を殺したことについて反省をさせるには弁護人としてどうしたらいいのでしょうか。

私自身の経験した感想ですが、それは単なる説得ではだめで、弁護人自身が、どうして人を殺してはいけないのか、自分でしっかり考えること、そしてAの人の言い分をしっかり聞いてやること、少なくともそれらはふまえてなければならないように思います。抽象的な話ですが、それはどの犯罪にも共通しているように思います。


ちなみに私個人的には どちらかというと@よりAの立場で

 殺すしかない奴も世の中にいる(΄◞ิ౪◟ิ‵ ) 

と思っていますが、ええ、それはまたの機会に。
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   文責 弁護士 菊谷 淳子
posted by KEYAKI at 17:09| 所感・雑惑

2015年09月30日

蒼い長い一日

光化学スモッグがんがんの工業地帯で育った私は、「東京にはそらがない」と言ったという高村智恵子に軽く反感を抱いていますが、青い空は美しいものです

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シュノーケリングに勤しみます。遊んでいるのではありません。

食料調達ですƪ(΄◞ิ۝◟ิ‵)ʃ


冗談ではないのです。私は一日数時間かけて、生きるために必要な水と食料の確保にいそしんでおります。


さて、よく大学受験などで、こういう話を皆さんお聞きになったことはないですか?
「恋愛もバイトもせず受験にだけ集中するとゆがんだ大人になる」
大学受験だけではありません。司法試験の世界でもこのような論調がまかり通っています。

必死で勉強すると性格がゆがむというのは、本当でしょうか。

もし、必死で努力して一つの事だけをすることが人間をゆがませるのなら、何十年もひたすら研究を続けノーベル賞をとった湯川秀樹や朝永振一郎、京大の山中教授はどうなのでしょうか

たとえば野球選手が、トレーニングに集中せず、練習は五時まで、終わったらキャバクラに通い、練習時間を削ってテレビに出たりして、それでいてそのシーズンの成績が悪かったら、たぶん世間とスポーツ新聞とファンからフルボッコにされると思います。野球だけしているのではなく、社会経験を積み人格研鑽につとめているのだから、成績なんかわるくてもかまわない、すばらしい、とは誰も言ってくれません。

決められた時間内に、自分の能力をフル稼働させ、できるだけの成果を上げなければならないという場面は勉強だけでなく、どんな仕事にも要求されます。そんな時にほかのことを我慢して徹底的にその一事に集中することは必要です。そのトレーニングが「勉強」です。

こと「受験勉強」だけが、人間をゆがませる、というのは定型的な偏見にすぎません。誰だって必死で勉強せず合格したりよい成績が収められればこんないいことはありません。でも大多数の人間は必死で勉強しなければそうはできません。私だって、中学・大学・司法試験は、まぬけなしゃれこうべが顔面に浮上するくらい勉強しました。そうしないで合格できるほどの天分は持っていませんでしたので。

そして私がもし仕事を依頼するなら、すべてを我慢してでも一心に何かをすることができる人に頼みたい、そう思います。

そんなわけで、司法試験の受験勉強は悪だ、というのは迷信だと私は思っているのですが・・・


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さて、日々の食糧確保ですが、最初は確かに必死でしていました。でも、
水は雨水の濾過のほか、ウォーターバインという大きな木の蔓を切ってゲットできます。
食料はその日の思いつきでとってくるのですが、要領よくこなせてくると、半日でその日の仕事は終わります。
そうすると娯楽の時間ができてきます。
木の枝でふえを作ってみたり、木琴のようなものを見よう見まねで作ってみたり、
土器を作ってみたり、かごを作ってみたり、生活が割と豊かになってきます。
村人が驚くほどの順応ぶり。

ところで、ボス、大事なお話が。

村長から、そろそろ家畜飼え、ってすすめられてるんですがƪ(΄◞ิ۝◟ิ‵)ʃ
平成27年9月30日 文責 弁護士 菊谷淳子




posted by KEYAKI at 01:45| 所感・雑惑

2015年08月10日

侮れない配点

音楽室に貼りだされている作曲家の肖像画の中で、私がダントツのイケメンだと思っていたのはシューベルト。色白でメガネかけてて賢そう、物静かで上品な感じがお気に入りでした。彼の肖像画のところだけが、ほこりっぽい音楽室の密かなオアシスでした。

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音楽の授業なんて真面目に受けたことはなかったのですが、シューベルトのところだけ真面目に聞いていました。

が、授業を真面目に聞いてわかったことは。

「シューベルトは太ってて首が短く超えも甲高く根暗だったので女性にもてなかった。セレナーデ(夜想曲)を沢山作ったがだめだった」

その後、別の場所で真実発見

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音楽室はほこり臭いだけの部屋に戻りました。(΄◞ิ౪◟ิ‵ )



さて、事実というものはちょっとしたことで印象がぐっと変わります。裁判では客観的証拠を積み重ねますが、それでも人が判断するものですから、印象で結果が左右されることがあります。

裁判という手続きになった場合、代理人をつけている当事者が一度だけ裁判所にくるのが尋問の時です。
尋問で聞かれることは予め陳述書という形で裁判所に提出されています。
大体裁判官も何を言うかは知っています。

それでも、当事者を見て印象ががらっと変わることがあります。

ものすごく当事者がうさんくさく見えたり、質問に回答する態度が悪かったりするとその印象が結果に影響を及ぼすことが0ではありません。実際、尋問前は好意的だったのに、本人を見て急に態度が冷たくなった裁判官を過去に経験したことがあります。

私の印象では、美醜が影響するのではなく、中身が出てしまう。普段から誠実な人や普段から肝の据わった人はそう印象が悪いことがありません。

尋問で崩れるのは、
 考え方のセコイ男性(あれこれ有利になるかどうかを考え込んで答えてしまい結果的に信用できないと思われる)
 気の小さい男性(極度に緊張した結果薄笑いを浮かべて裁判に臨み逆に態度が悪いと思われる)
 性格の悪い女性(有利になるかどうか考え込んで話をして)

まあ、自業自得なんですが。
 


さて音楽というものは聞き手を楽しませ感動させてなんぼのものです。
ですから世界超一流と呼ばれない限り、クラッシックは容姿にも配点がふられていると私は思います。生徒達に音楽に興味を持たせるには、例えばブラームス

こんなの↓じゃなくて
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これを貼ればよろしいのです。

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ちなみに世間ではフランツ・リストが一番のイケメンということになっているようですが、

私の推しは、こちら。
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超リア充だった頃のベートーベンです。
 平成27念8月10日 文責 文責 弁護士 菊谷淳子
posted by KEYAKI at 00:00| 所感・雑惑

2014年05月07日

poison break

日曜から月曜に日付が変わって間もない午前2時

わが事務所のある新陽ビルはなにやら慌ただしくなっていました。



しまった!(◞≼☉≽◟◞౪◟◞≼☉≽◟)



恐怖の全館ワックスがけのお時間です。



たちこめる生存権ぎりぎりの危険なにおい


ワックスがけのお兄さん達も決死隊のような出で立ちです。
とてもまるごしで立ち向かえるものではありません。


しかし廊下はすでに汚染されており、脱出は不可能です。



さて、我が国では、それぞれの人間に価値があり、どんな人でも個人として尊重されなければならないという個人の尊厳という考え方をとっています。
しかし残念ながら、我が国で、人が個人として尊重されないのは多くの場面で家庭の中です。
経済的に自立していない妻、介護を要する高齢者、子供、家庭の中には力関係の不均衡が多く存在し、そして密室です。

しかし家庭の中というのは脱出が困難な場所です。


警察も家庭の中にはなかなか入ってくれません。



家庭裁判所もお忙しい。人員が少なくてただでさえ裁判官の数が足りていないのです。



そんな絶望的な状況ですが一応法律が人権を救う、という建前の仕事ですので、たとえ思っていても、


相手方が死んでくれることを全身全霊で祈ってみてはいかがでしょうか(΄◞ิ౪◟ิ‵ )



とは言いません。
残念ながら法律にのっとって、中身を分析し、見通しと手続きを淡々と説明するのが仕事です。


それでもまだご相談に来られる方はまだ恵まれています。
たいていの方は法律相談にどうすればたどり着くのかわからなかったり、法律相談すれば何とかなるかもしれないとも知らなかったり、逃れる気力もなくなったり、家族の中のこどだからと諦めてしまったり…


家族であっても別々の頭で考え、別々の心を持ち、事件でもないかぎり生まれてくるときも死ぬときも別々の人間です。家族の中のことだからといって諦めてよ不条理などないのです。
相談だけでもしていただければと切に願っています。



さて、脱出不能になった新陽ビルですが、秘策があります。


実は私は、依頼者からいただいた自慢の羽布団を所有しております。

そして洗面セットと着替えと朝食用の常備食も…


健康で文化的な最低限度の一週間がまた始まります…

  平成26年5月7日  文責 弁護士 菊谷淳子

posted by KEYAKI at 04:44| 所感・雑惑

2012年12月24日

幻想のシンフォニー


たとえほんのつかの間であっても東京を離れると少しほっとします。
ほっとするはずでした。

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   長崎の方に手をあげればよかった・・・・(´^ิ益^ิ` )


いえ、なんでもありません。
まあ、こんなこともあるでしょう。

 さて、クリスマス・キャロルといい、この時期にはどうもおひとり様を鞭打つ名作が多いようですが、ニコラス・ケイジ主演「天使のくれた時間(2000年 米 原題「The Family Man」)」という映画もその一つです。
 ウォール街の大手金融会社の社長として、マンハッタンで多忙だが優雅なおひとり生活を送る主人公。不自由なく暮らす彼はクリスマス前夜、奇妙な黒人青年に「何かいるんだろ?」と問いかけられて「全部ある」と答え、この青年から「これから起こることはすべてお前の招いたことだからな」という不審な言葉を投げられる。自宅に戻って就寝するも目が覚めると隣には13年前に別れた恋人、自宅はマンハッタンの高級マンションではなく郊外のボロ屋、ヘビーマッチョな子供二人に平凡な仕事、そして貧乏な暮らし。最初は脱走を試みるものの次第にささやかな生活を通して一番大切なものに目覚めていく主人公だが、結局元の世界に戻る時が訪れ・・・・・というストーリー
 
  初めてこの映画を見た時は、「金より自由より何より家族が大事」というアメ公が好きそうな一見もっともらしい価値観に辟易しましたが、今の仕事をしていますと、むしろ、ファンタジーでもそういう世界を見ていて、ほっとします。

  何だか、そうであってほしいなあと思うようになりました。

ちなみに、「天使のくれた時間」というのは主人公が別の世界で子供たちや家族と過ごした時間のことではありません。それは見てのお楽しみです。

  え、何? 身につまされていませんよ (◞≼◎≽◟◞౪◟◞≼◎≽◟)

  本格的なことを考えると不幸になりますから


さて、証拠の撮影で磨いた腕で勝負します。かじかむ手をスタバで温め、きを取り直し

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     氷点下のメリークリスマス 皆さまよい週末を
    平成24年12月24日 文責 弁護士菊谷淳子


posted by KEYAKI at 00:19| 所感・雑惑